プラセンタ

日本における高麗人参の歴史と名称の変化

「高麗人参」のもともとの名称は「人参」。これは根の形が人の形によく似ていることからそう呼ばれるようになりました。
原産地は中国の北東部から朝鮮半島といわれており、かつては人が入ることができないような山奥に自生していたため、栽培方法が確立するまではなかなか手に入らない高級品でした。
栽培方法が確立したのは18世紀に入ってからです。
日本では、奈良時代に唐から天皇への献上品として贈られたのが始まりとされています。
奈良県にある正倉院には、当時献上された野生の「人参」が今でも大切に保存されています。
江戸時代になると幕府によって「人参」が輸入されるようになりました。
「人参代往古銀」という「人参」を入手するためだけの銀貨が存在し、それを対価として支払っていました。
これにより一般庶民にも広く知られるようになりましたが、やはり高級品でなかなか手に入らないものでした。
やがて朝鮮半島から「人参」の種と苗も輸入し、栽培されるようになりました。
幕府が公共政策として各地の大名に種を分けて栽培することを勧めたため、その当時の呼び名は「御種(おたね)人参」で、これが現在の「高麗人参」の和名となっています。

その後、野菜のニンジン(西洋型)が江戸時代末期からポピュラーな食材として広く利用されるようになりました。
そこで、「人参」と野菜のニンジンとの区別が必要となり「朝鮮人参」といわれるようになりました。
第2次世界大戦後は輸入元の韓国に配慮し、「朝鮮」という言葉を使わず「薬用人参」とされてきました。
しかし「薬用」という言葉の使用が薬事法に違反するため、かつて朝鮮半島を支配していた高麗の名を取り「高麗人参」の名が使われるようになりました。
現在「高麗人参」は、主に韓国や中国からの輸入に頼っていますが、国内での生産も続けられており、福島県や長野県などで栽培されています。

韓国でも土産物や輸入品に「高麗人参」という名を使っていますが、それは韓国にとって1番の顧客である日本の「高麗人参」という呼び名から来ているようです。
ちなみに高麗人参はウコギ科の多年草で、野菜のニンジンはセリ科なので、全く別の種となります。
▼こちらのサイトにも詳しく高麗人参について書いてあるので参考にご覧ください。